よくあるインターンへの質問

これが安田蒲鉾の強さの秘密の一つだろう。

お寺の過去帳の記録によると、安田蒲鉾の創業は1807(文化4)年である。 福井県の敦賀で創業し、1951年に福井市に移転してきた。
もう200年も続いているお店だ。 創業者から数えて8代目である社長のYTさん(1948年生まれ)の話では、昔は福井、敦賀、小浜にはたくさんの蒲鉾屋さんがあったという。
YTさんのお父さんが、戦後、福井県の蒲鉾業者の組合の理事長をしているときは、63軒あったそうだが、それが今では8軒になってしまったという。 機械化されたので一軒あたりの生産量も異なっているのだが、それにしても絶対量も減ってきている。
最盛期(戦後の早い頃)は全国で100万トンも生産されていたが、いまでは65万トン程度だとのこと。 ただ、戦後の食糧難のときは食べ物なら何でも売れたのだから、そのときと比べても仕方がないという側面もあるが、少なくとも食生活が多様化したこと、大きな需要だった結婚式の引き出物に使われることが少なくなったことは原因として指摘しうるようだ。
そういえば、最近は結婚式の引き出物は重いものは嫌われるので、全体に小さくなっているしヽカタログを贈って好きな品物を選んでもらうカタログギフトが主流になっている。 家族も3人家族などと少なくなっているので、蒲鉾を5本ももらっても仕方がないのだ。
それ以前に、少子化で結婚式そのものも激減してしまっている。 誰も辞めない、辞めさせないマーケットが変化したとき、生き残れるのは対応力があるところだけだ。
YT社長の話によると、「安田蒲鉾は4代目が昧にこだわって名声を得ました。 当時(明治時代)は、魚の25%しか材料として使えなかった。
だから値段が高く、庶民はお正月などお祝いのときしか食べられませんでした。 それが50年前頃にスケソウダラが登場して以降、蒲鉾は日常的な食品として一般化しました。
しかし今は材料の魚は海外に求めています。 安田蒲鉾の場合は、アメリカ(アラスカ)です。
インドネシアなども見学しましたが、衛生管理が完全だったアメリカのトライデント社から仕入れることにしました。 世界最大の魚の工場をもっている会社です。

このように手をうったことにより、2008年は全般に材料難で価格が高騰しましたが、安田蒲鉾は大丈夫でした。 私は安田蒲鉾の暖簾を守りたいと思います。
そのために商品開発をしています。

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